春に上映された前編に引き続き、遂に劇場公開された完結編をチネチッタのLIVE ZOUNDで観てきました。
前編はテレビシリーズの再編集(声は新録)で全13話中の10話分を走りきった感じでした。ということで後編は残り3話をじっくり、久美子 vs 真由の最終オーディションから全国大会までを描くことは判っていました。そうするとテレビ版の正味計60分程度の話を劇場版の120分に作り直すことになるわけで、エピソードや演奏シーンの追加は必至。そして久美子三年生編最大の軸であるソロオーディションの結果が劇場版で変更されるのか、が大きな注目点でした。
私はテレビシリーズの完結後に三年生編の映画化発表があった時点では「オーディションの結果が変わる別ルート展開もあり得る」と予想していました。でも前編を観終えて自分なりに考察を重ねるうちに「やっぱりそこは変えないのでは」と思うようになっていきました。そしたらその頃にQJWebに掲載された花田十輝氏(脚本)のインタビューで、第1期で北宇治が学年や立場によらず純粋に実力で演奏者を選ぶ方針を採ったことに関して「久美子と麗奈はいつか、この選択に対して責任を取らないといけない」という旨の発言を発見。その因果によって久美子や麗奈が葛藤し、その果ての成長を描くことがシナリオの軸であるならばそこは変えるわけがないと確信したわけです。

しかして、オーディションの結果そのものは劇場版でも変わらず。しかしテレビシリーズではあまり触れられなかった黒江真由の過去が丁寧に描かれたこと、それと久美子と真由をはじめ部員間のやりとりが補完されたことでテレビ版とは見え方が随分変わりました。まあ私自身がテレビシリーズを観てから時間が経って消化が進んだせいもあるかもしれません。でもテレビシリーズは久美子視点での描写が中心で視聴者としても久美子に感情移入しながら観るからずっと苦しかったのが、劇場版ではあえて群像劇的な見せ方をすることで納得がしやすい形になったように感じます。まさに「手に入れて失って時は満ちて」いき、「残酷な運命だって生きた証」になるのが青春。部長になり全国大会でソリストとして演奏して金賞を取るよりも(そういう人もごく稀にいるでしょうが)、何かを失う代わりにより大きなものを得る方が人生のリアルとして共感できる。その時点では辛く苦しくても、後から視点を変えて振り返ることで「良い経験だった」と思える…そういう関係がテレビシリーズと今回の劇場版の間にもあると思います。
前編では展開やシーン間の繋ぎを自然にするための変更が多かったせいか気づかなかったところも多かった追加カットですが、後編は追加シーンが本当に多かった。主に久美子、真由、麗奈、奏関連の描写が増えて群像劇としての人間関係が見えやすくなったことと演奏シーンの追加が印象的でした。同じ楽曲でも前編の関西大会と後編の全国大会では演出も全然違うし、こちらの感じ方も全く異なるものでした。全国大会での演奏で過去の三年間が走馬灯のようにフラッシュバックし、世代ごとに部の伝統が受け継がれていくような見せ方がすごく良かった。後半は私の周囲からもすすり泣きの音があちこちから聞こえてきました。同じ話なのにテレビシリーズの構成よりもずっと良かったので、テレビシリーズの総集編だと思って前編を観なかった人も後編だけでも観る価値があるのではないでしょうか。私はテレビシリーズはちょっと辛くて見返す気になれなかったのですが、この劇場版ならもう一回観てもいい。
LIVE ZOUNDの音響は今回もとても良かったです。演奏シーンが本当にホールで聴いているような感覚なのは当然として、それよりもオーディションや全国大会の結果発表のシーンがまるで自分もホールの観客席にいて結果を見守っているような臨場感がありました。シアターや座席の雰囲気がホールに似ているのに加えて7.1chで周囲のザワザワ感が再現されることで本当に現場にいるような感覚になる。これは配信やBlu-rayで自宅で鑑賞していては得られないものだと思います。
私は本シリーズに関してはほんの三年前から配信で追いついたクチですが、最初のテレビシリーズから足かけ11年にわたって関わってきた関係者の皆様、長い間お疲れさまでした。




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