ここのところ毎週映画館に行っていますが、今日は昨日公開されたばかりのこの映画を観てきました。
前作『生き続ける者』での室井慎次の結末があまりに酷かったから本作は観ないという選択肢もあったのですが、リアルタイム世代としては室井に対して青島のその後がどうなったか見届ける義務があると思い期待値を下げに下げて臨みました。もちろん湾岸署のお膝元であるお台場で鑑賞しましたが、青島コート(M-51)を着て行くにはまだちょっと暑くて断念。
所轄の熱血刑事だった青島も59歳、あと一年で定年という歳に。相変わらず頭よりも身体が先に動く熱血刑事をやっていますが、過去のシリーズとの違いは湾岸署ではなく警視庁捜査一課に配属されている点。まあ劇中では青島自身の行動は湾岸署時代と大きくは変わらず、特に捜一らしい言動も捜一にいることによる苦悩も描かれないから何のための設定変更だったのか…という印象は受けましたが。
今回の事件は中年~老年男性三名が立て続けにホテルで射殺されるという連続殺人事件。犯行の手口が共通だから同一犯と思われるが、三人の間には特に繋がりがなく捜査は行き詰まりの様相を呈し…というストーリー。『踊る』本編としては14年ぶりの新作ということもあり過去作に登場したキャラクターたちが同窓会のようにあちこちに登場します。本筋とは関係ない映画冒頭の「事件」はそういう大集合感とわちゃわちゃ感、いつものコミカルな描写とちょっとしたアクションを感じさせる『踊る』らしいシーケンスでした。ここまではまあ良かったと思います。
しかし本筋の方が…捜査に関する描写の中で繰り返し「若者の行動の理解不能さ」と「信用ならないネットの情報」について言及され、結局犯人の人物像も動機も理解不能なまま片付けられてしまったのがあまりに残念。制作サイドの若者やネットに対する無理解と偏見は以前のシリーズから感じていた部分ではありましたが、本作ではより露骨にそれが出ていて気分が悪い。事件捜査ってそもそもそういう先入観を取り払ってから始めるものなんじゃないの?と思うし、従来とは違うタイプの犯人が現れるパターンは23年前の『THE MOVIE 2』でもあったはずなのに本作での警察は相変わらず「理解不能」から先に進まないものなのか。こういう言い方は好きじゃないんですが、制作サイドの思想が順調に老害化してしまっているのを感じて辟易としました。
旧作に登場したキャラクターも、冒頭のお祭り展開はさておき本筋に入ってから出てきたキャラクターの多くが「顔見せのためだけに出番を用意された」という感じで特に活躍する場面がなかったのが残念。特に雪乃(水野美紀)とかキャラ改変酷すぎない?でもそれ以上に酷いと思ったのが「AI和久さん」。アレでファンが喜ぶと思っているならもう続編は作らない方がいいと思う。
またシリアスシーンが少なくて悪ノリのようなコメディーシーンが続いたと思ったら、唐突に青島が捜査本部で演説を始めたりするからせっかく良いことを言っててもこちらは受け止める準備ができていない。なんというか、一本の映画として見せたい話の軸があったんじゃなくて、同窓会のようにわちゃわちゃしたりコントのようなシーンのようなパーツが先にあってそれを繋ぎ合わせるためにストーリーを作ったみたいな支離滅裂なシナリオだったのが残念でなりません。映画本編より途中に差し込まれた回想シーンの方が感動的だったというのは根本的に問題だと思います。
そんな中で、青島が六十手前になってもやっぱり青島だったことだけは救いでした。「歳を取っていろんな経験をしたり身体が動かなくなったり白髪交じりになったりしてるけど根っこの部分はちゃんと青島」をやれてるのがすごい。それ以外のキャストも与えられた脚本の中で最大限にいい芝居をしようというのは感じられました。が、和久さんも室井さんもすみれさんもいない中で青島一人が引っ張っていくには『踊る』は群像劇すぎるんだよなあ。
やはり『踊る』はテレビシリーズが最高峰、ムーブメントとしては『THE MOVIE 2』が最高潮でそれ以降はただ右肩下がりであることを再確認した新作でした。ドラマから三十年近く経ってお台場も東京も様変わりしたことを冒頭で描写しつつも、皮肉にもクライマックスの舞台となったイマーシブフォート東京が映画の上映直前に赤字閉業したあたりが、フジテレビとお台場の衰退を象徴しているよなあ…と感じてしまった。
『踊る』シリーズとしては続編作る気マンマン、それも次回作では恩田すみれ再登場を示唆する終わり方でしたが、本気なんですかね。私は次があっても脚本や監督が交代しない限り映画館に足を運ぶ気になれないのですが…。




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