山口義宏さんが推薦していたのに興味を惹かれて、久しぶりにマーケティング関連の本を読みました。
松本健太郎 / 人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学 [Kindle]
私がマーケティング/商品企画の仕事に就いてもう 15 年になりますが、生まれ持った性格ゆえかいつも正攻法ばかり採ってしまいます。以前にも一度広告宣伝担当の同僚に「あなたのアプローチは常に『順目』だ」という指摘を正面から受けたこともあるくらい。手法としてちょっと引っかかりのある手法や表現を使った方が効果的なケースがあることもよく知っているつもりでも、自分からそういうやり方を発想して提案できないのがある意味自分の弱点であり限界なのかもしれない、と思っていたりします。
そういう意味で、自分ももっと人の欲望やグレーゾーンをうまく刺激する手法について、積極的に使わないまでもせめて理解しておく必要があるんだろうな…と常々感じていたところ。そこに、この書籍はちょうど良さそうなテーマでした。
本書はそのタイトルにもあるとおり、人間の深層心理に潜む欲望や見栄、先入観、非合理といったものを解りやすく「悪」ととらえ、それを刺激あるいは制御することで消費者に行動を促すための知識を整理したマーケティング本です。序盤に事例として挙げられているマクドナルドのように、「アンケートで消費者が健康志向を示していたからサラダマックを訴求したが大失敗し、反対にいかにも不健康なガッツリ系メニューを推したら業績が回復した」というのは、人間の建前と本音の不一致を表す端的な一例と言えます。それらの消費行動がどのような心理から生まれ、それをどう制御すべきかをまとめています。
書籍の構成はこれらの「悪」を「強欲」「怒り」「怠惰」「綺麗事と本音」「先入観」「矛盾」の六つのカテゴリに分類し、それぞれの行動のもとになる心理について解説しています。各章の導入は日本人なら誰でも知っている昔話になぞらえ、事例もここ 1~2 年の間にテレビやネットで話題になった物事からピックアップされていて、とてもタイムリーかつ分かりやすい(私はほとんどテレビを観ないので、テレビや芸能ネタについてはあまり共感できませんでしたが)。また COVID-19 によって引き起こされている事象についても触れられており、人間の行動のまさに今を切り取ったマーケティング本であると思います。
例えば情報商材のような端から見ても明らかに悪徳と言えるような商売になぜ人は乗せられてしまうのか。あるいは悪と言える商売でなくとも「どう考えてもウチの商品/サービスのほうが明らかに良いのに、どうしてあの会社の商品のほうが売れているのか」の理由を知るヒントが、人間の心理に基づいて書かれています。まあ商品やサービスの売れる売れないはマーケティング・プロモーションだけでなく商品性や価格、供給、流通、タイミングなど様々な要素が複雑に絡み合っているものですが、少なくとも顧客接点においてどのような心理を突くことができれば勝てるのか、を整理・分類した内容であると言えます。単に良い商品/サービスの機能価値を正面から訴求するのではダメで、どうすれば消費者の深層心理にある欲求を刺激することができるのか。近年では認知や需要の喚起のためにわざと話題を「炎上」させるような手法も目につきますが、そうしないまでも「欲求を刺激するメカニズム」を理解しておくことは非常に重要です。
全般的に、人々が行動を起こす上での心理や認知(あるいは認知の歪み)といったものを実例を交えて網羅的に整理分類した、消費者行動を俯瞰する意味では非常によくまとまった書だと思います。しかし「どのような心理でその行動が起きるのか」の説明に留まっている部分が多く、個人的にはそれぞれの心理をうまく利用したマーケティング事例まで見せてほしかったところ。この知識を自分のマーケティングに活かしていくには自分が知っている事例に当てはめてみてどういう心理を利用した手法だったのかを分析し、自分の担当分やにはどう適用できるのかを想像できるリテラシが求められる本だと感じました。一方で、いち消費者としてはこれら人間の矛盾や認知の歪みを理解しておくことで、自分自身が非合理的な選択をしてしまうことを避けるのにも役立つ(この部分についてはマーケ的なリテラシがなくても理解可能)内容になっていると思います。
マーケティングや商品企画の現場で成功していくには清濁併せ呑む度量と経験が必要というのが私の持論ですが、「濁」は何も会社や業界の不条理や理不尽といったものだけでなく、こういう人間のちょっとした欲求や心理も含まれることを改めて認識した次第です。本書ではそれを「悪と欲望」というキャッチーな言葉で括っていますが、それは必ずしもダークなものではなく善意や虚栄心に由来するものも含まれる。マーケティングとはつまるところ自分とは相容れない価値観まで含めた人間の多様性を理解するところが起点であり、それこそが「清濁併せ呑む」ということなんだなあ…とつくづく感じました。自分もいい意味で人の悪と欲望をついたマーケティングができるよう、さらに研鑽を積まなくてはなりません。
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