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IT は人を幸せにするのか

最近こういうエントリーはあまり書いていなかったのですが、SNS 経由で読んだ記事にちょっと思うところがあり、記しておきます。

マクドナルド改革の“唯一の失敗”…再建の立役者がいま明かす | 日刊SPA!
今や、世界を代表する企業であるアップル。実は、同社は1990年代創業以来最大の経営危機が襲っていました。その時代に、アップルコンピュータ日本法人の代表取締役社長に就任したのが原田泳幸氏です。彼はその…

Apple やマクドナルド、ベネッセなどの経営トップを歴任した原田泳幸氏へのインタビュー記事。SPA! の記事にマジレスしてどうするんだという気もしますが、ここに書かれている内容自体は原田氏が実際に語ったことです。
原田氏は最も名の知れた日本人プロ経営者の一人であることは間違いありませんが、同時に近年は就任中のマクドナルドやベネッセで不祥事が発覚したこともあり、必ずしも「引き」が強い人ではないのだろうな、と思っていました。さらに昨年にはブームが終わりかけたタイミングでタピオカ屋の社長に就任するなど、全盛期はさておき現在はそろそろ賞味期限切れなんじゃないの?と思ったりもしていました(私は同氏の仕事ぶりをつぶさに見てきたわけではないので、端から見ただけの単なる印象です)。

閑話休題、私が引っかかったのはインタビュー内の以下のくだり。

原田:IT業界は人とビジネスを便利にしたけど、幸せにしてはいないと感じたのです。50歳を過ぎると不思議な感情が出てくるんです。当時、「次は人を幸せにする食べ物屋をやりたい、日本の焼き芋を世界に通用するブランドにしたい」なんて冗談で言っていたんですよ。

これ、実は私もすごく心当たりがあります。社会に出て最初に就いた仕事(B2B 業界のシステムエンジニア)を辞めたのも、自分がやっているリストラとか効率化のためのシステム開発が人を幸せにしているのか?誰かの仕事を奪っているだけじゃないのか?という思いが強くなってしまったことと、スケジュール通りに不具合なく納品して当たり前、大して誉められもせず遅延やバグが発生したらなじられるだけ、という生活にモチベーションを感じられなくなったから。ユーザー企業の担当者としてシステム開発の発注に関わることもある今にして思えば、その恩恵にあずかった人やそれで便利になったり幸せになった人もいると思えますが、現場にいた当時はそうは感じられなかった。

また、B2B 業界から一旦足を洗った後も私はなんだかんだ IT に関連する業界で働いていますが、自分たちの提供する商品やサービスが誰かを便利にしている一方で、我々は便利になればなるほど人生に余裕がなくなっているのではないか?と立ち止まって考えることは年に何度もあります。コンピューターや携帯電話とネットワークの進化によって我々はいつどこにいても他者とコミュニケーションを取れるようになったけど、それによって自宅だろうと電車や果ては飛行機の中だろうと仕事から逃れることはできなくなっている。スマートフォンの進化によって誰もが手のひらで何でもできるようになったけど、その結果カメラや音楽プレイヤー等個々の機器の市場は縮小し、製品の多様性と選択肢は損なわれている。SNS によって人々は居住地や立場に関わらずフラットにコミュニケーションできるようになったけど、それはこれまで物理的に分断されていた人たちを引き合わせ、見なくても良かったものを見せつけることで、無用な諍いを生む原因にもなっている。何もなかった三十年前と比べて便利になったのは事実だろうけど、それによって精神的に幸福になったと言えるのだろうか、と。

そういうことを考える機会が多いからこそ、原田氏のこのコメントには理解できる部分はあります。でも自分としては、便利になって幸せになった分と不幸せになった分の両方があるけれど、合計としてはちょっとずつみんな便利で幸せになっているはず、と信じているからこそこういう仕事を続けています。IT に限らず、人の営みによって今日より明日は少し良くなっている、その積み重ねで前に進んでいけるのが人間社会であるはずだし、そうあってほしい。
私も最初の仕事を辞めて全く無関係の業種に転職していたら氏のように旧職を悪く言うようなこともあったかもしれません。が、多くのファンをもつ Apple というブランドの日本法人トップ兼本社副社長を務めていたのなら、辞めて時間が経ったとはいえそのユーザーに後ろ足で砂をかけるようなことを言うべきではなかったのではないでしょうか。

自分のやっていることの意味を自問し続けることは、一歩間違えると強烈な自己否定に囚われて全てを投げ出したくなるものです。個人的には、自分を盲信する人よりは自己批判精神のある人の方が信頼できる。その点で、原田氏が「IT は人を幸せにするのか?」と自問したこと自体は(公言さえしなければ)正しいことだったと思うのです。その結果転身したのはつまるところ氏が IT に軸足を置く人ではなく、ブランドを経営する役割の人だったということでしょうし、それを否定するつもりはありません。しかしこっちの世界に生きる私としては、IT が個々の人を必ずしも幸せにしない側面は認めつつも、それでも IT が人にもたらす幸せの総和を少しでも増やすことにこの微力を尽くしていきたいと思っています。

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