西田 宗千佳 / 顧客を売り場に直送する ビッグデータがお金に変わる仕組み
前著『スマートテレビ スマートフォン、タブレットの次の戦場』から約 1 年半ぶりとなる(途中、既存記事の再編集+書き下ろしの『加速する日本の電子書籍』はありましたが)、ジャーナリスト西田宗千佳氏の新著を読了しました。今回は紙版・電子版同時発売だったので、Reader Store で電子版を購入。
タイトルからすると、西田氏にしては珍しくマーケティング・セールス寄りの視点の話かな?と思っていました。が、実際はデータとテクノロジーをどうビジネスに活かすか、そしてそんな時代に消費者としての我々はどういう姿勢で生活すべきか、という、いつもの同氏の視点の延長線上にあるもので、ある意味安心しました(笑。ただ、クラウドとスマートデバイスの発達により、製品やサービスの価値はそれ単体で完成するものではなく、その裏にあるデータをどう使い、どう見せるかが最終的な体験価値となるのが 2010 年代。ここ数年で西田氏自身の興味や取材の対象がコンシューマー向けの IT・家電業界のみならず、IT が世の中にもたらす変化全体に拡がってきているのは、そういう世の中の変化に呼応してのことだと思います。
本書の内容は、これまでに MAGon の『西田宗千佳のRandom Analysis』に取材記事として掲載されたものを「ビッグデータの活用」という文脈で再構成したものです。なので、MAGon を購読している私としては話そのものは知っている内容だったわけですが、これまで毎回バラバラなテーマで取材しているように見えていたものが、こうやって一本のストーリーに落とし込まれると、急に繋がって見えてくる。人々の行動履歴を収集・分析し、個人情報と紐付けない形で「属性」として扱うことで分かること/提供できる価値/それを扱うリスク、そういったことを俯瞰的に整理した一冊になっています。
こういうデータの分析ってマーケティングでは日常的に行っていることで、いかに効果的・効率的に認知を得て興味を喚起し、商品の名前を覚えてもらい、欲しいと思ってもらい、最終的に買ってもらうか…という命題に対して、ではどこに需要があって、ターゲットとなるユーザー層はどんな生活や消費行動を取っていて、どういう媒体に接しているのかを把握することは必須。ビッグデータの活用分野としては重要な領域なので、『顧客を売り場に直送する』という言葉は確かに重要なキーワードのひとつではありますが、この本書のタイトルは残念ながら中身の半分も表せておらず、それがちょっともったいないなあ、と思います。西田氏が本書で言いたいことは、おそらくそういうマーケティング観点でのビッグデータの活用だけでなく、自らの行動履歴を企業に提供する消費者側にも、大切な個人情報を提供する見返りに得られる利便性はあって、個人情報を渡すリスクを自覚・自衛した上でメリットを享受すれば、豊かな人生を送ることができる…ということなのでしょう。ただ、それを一言で、読者の興味を惹くタイトルとして表すのはとても難しい。
西田氏は出版にあたりこんなツイートをされていましたが、
無限の可能性を持つネットの存在によって、むしろ我々の視界は狭くなった、というのが、新著「顧客を売り場に直送する」のテーマであり結論だったり、書こうと思った理由だったりします。
— Munechika Nishida (@mnishi41) 2013, 11月 19
これには確かに同意する部分があって、マスメディアによる画一的な情報提供の時代から、人々の多様性を加速するネットの普及によって、我々は情報の取捨選択を強いられ、結果として「自分が選んだ世界しか(その外の世界をあえて意識しない限り)見えなくなった」ということであり、自分にも確かにそういう瞬間はあるな、と自覚するところでもあります、ネットの普及によってテレビを見なくなったのか、社会の成熟化に従って生活スタイルや趣味趣向が多様化した結果テレビへの依存度が下がった(と同時にネットへの依存度が上がった)のか、むしろ双方が両輪として回ることで現在の状況を生み出してきたような気もしますが。
ただ、それでも「自分の視界が狭い」ことを自覚した上で自分の視界の外にあるものもあえて視ようとすれば視れるのも、今の時代でしょう。自分の世界の外にあるものを知り、世の中の仕組みや価値観の多様さを理解することで、より豊かな人生を送ったり、社会により大きな貢献をするための視点が身につけられるのではないでしょうか。
現代のビッグデータ活用に関する状況を俯瞰的、客観的にまとめた内容だけに話が広範にわたり、なかなかひとつの結論に帰結させるのが難しい著書ではありますが、クラウド時代を生き、クラウドを活かしていくためのヒントが鏤められた一冊だと思います。
コメント