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危機を乗り越える力

元ホンダの F1 パワーユニット開発責任者、浅木泰昭氏の著書を読了。

浅木泰昭 / 危機を乗り越える力 ホンダ F1 を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦

危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦(集英社インターナショナル)

第四期ホンダ F1 が 2021 に劇的なドライバーズチャンピオンを獲得して撤退して以降、この経緯に関するいくつかの著書が発売されました。当事者の視点としてはマネージングディレクターだった山本雅史氏の著書『勝利の流れをつかむ思考法』が先行していましたが、本書はパワーユニット開発の現場にいた浅木さんの視点で記されています。

タイトルは F1 を大きくフィーチャーしていますが内容的には浅木さんの自叙伝のような形になっていて、第四期 F1 だけでなくホンダ入社当初の話から第二期 F1 に関わったときの話、初代オデッセイや N-BOX の開発を担当したときの話など多岐にわたっています。第四期 F1 についての話は他のインタビューや DAZN のレース解説として出演された際に浅木さんが語ったことのあるものが多く、そういう意味では新しい情報は多くない。個人的にはそれよりもオデッセイや気筒休止エンジン(VCM)、N-BOX 開発のくだりが目新しく、また示唆に富んだ内容に感じました。私が特に印象に残った部分をいくつか引用してみます:

私は勝手に「技術者のダイバーシティ」と呼んでいます。(中略)大企業になった今のホンダには国籍や性別を問わず優秀な人間が多いですが、とがったセンスを持った変わり者や和ませキャラも絶対に必要です。開発メンバーがそれぞれのキャラクターを認め合った上で個性を最大限発揮できれば、一番強いと私は思っています。

何をやめて、何をやるかを明確にしました。
「できることはなんでもやれ」というのはある意味、リーダーの責任回避です。すごく意地悪な言い方をすると、判断をしなくていいのでラクなんです。(中略)それが原因で内部崩壊しているように私は感じたので、仕事の優先順位をつけていきました。

成功のほうが危ないんです。成功体験に引っ張られて前と同じことをやろうとすると、世の中の状況が変わっていて失敗することがあります。成功体験のほうが本当はリスキーだという感覚を持ちながら物事を見ること。それを踏まえて経験を積んでいくと技術センスが上がっていく、“当たりやすくなる”と私は感じています。

チームビルディングやリーダーシップ、組織論などについては業界や企業を問わずに当てはまる部分があるのではないでしょうか。私も最近仕事上でこういうことについて考えるところが多かっただけに「やっぱそうだよね」と思わされました。

また F1 パワーユニット開発に関しては、技術者をとりまとめる立場として何を考えてプロジェクトに取り組んでいたかを知れたのが面白い。例えば 2018 年にトロロッソへの PU 供給を開始し翌年のレッドブルとの契約の判断が行われるタイミングで耐久性に関するリスクを冒してでも出力を上げて結果を出す判断をした、というくだりが印象的。技術者でありながら政治的・ビジネス的な大局観をもって賭に出たタイミングがいくつかあったことが最終的に 2021 年シーズンに繋がったのでしょう。本来は 2022 年向けに開発していたはずの新骨格エンジンを一年前倒し投入したのなんて象徴的ですよね。

HONDA RA621H

F1 関連でこれまであまり語られてこなかった話としては、2021 年の撤退時に浅木さんとしては F1 に残りたい技術者たちはホンダからレッドブルへの移籍を取り計らおうとしていたが、当のエンジニアたちは「ホンダで F1 を続けたい」という意志が強く、浅木さんがそれに責任を感じて F1 活動継続の可能性を探り始めた…というものがありました。e-fuel の本格採用を含む 2026 年以降の PU レギュレーション、ホンダの自動車販売の主戦場である北米での F1 人気の高まり、F1 で勝ち続けられる体制が整ってきたこと、そして何より撤退を決断した八郷社長の退任、などの機が熟すのを待って 2026 年からの本格復帰に繋がっていくわけです。2022 年頃の表向きは撤退したはずなのに F1 にヌルッと居残っている状況、そしてその状況に関する HRC 渡辺社長ののらりくらりとした態度(笑)は渡辺社長や浅木さんらが示し合わせた上で仕込んできたことだったのでしょう。

本書は F1 云々というよりは日本のエンジニア、中でもホンダの現役技術者たちへのエールとして書かれたもののように感じました。が、F1 や自動車業界に興味のある人であれば感じるものの多いだろう、気づきや励ましをもらえる良書です。浅木さんのエンジニアらしい、事実に対しては嘘をつけない良くも悪くも率直なキャラクターがよく出ている一冊だと思います。
個人的には、第四期ホンダ F1 の三賢(浅木さん・山本さん・田辺さんの三人を個人的にこう呼んでた)の残る一人である田辺豊治氏の視点で書かれた本も読んでみたいところですが、お三方のうちで田辺さんが最もそういうことをしなさそう(裏方に徹してそう)なんですよね。ホンダ関連のトークイベントでも何でも良いから、今だから言える話を伺ってみたいと思っています。

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