松重豊氏の新著を読了しました。
一昨年の『空洞のなかみ』、昨年の『あなたの牛を追いなさい』に続く三冊目の著書。松重豊といえば一昔前までは「いろんな映画やドラマに出てるけど大抵ヤクザか警察の役の人」というイメージだったのが今やすっかり「うまそうに食べる俳優」になり、昨今は俳優業にとどまらず文筆業、ラジオ DJ、そして『劇映画 孤独のグルメ』では企画・プロデュースから脚本・監督まで務めるということで完全に次のステージに行ってしまった感があります。
本著は雑誌「クロワッサン」の連載を単行本にまとめた書籍です。過去二作は「演じること」と「生きること」について書かれたものでしたが、本著ではついに「食べること」がテーマとなっています。松重さんがこれまでの人生で出合ってきた様々な食べ物やそれにまつわる人・出来事について徒然に記したエッセイ集。
目次が「おつまみ」「肉と魚」「ごはん、汁もの」というようにまるで居酒屋のメニュー表のような分類でまとめられ、体裁もまさにメニューのように表現されているのが面白い。一話完結の短編エッセイ集だからどこから読んでも楽しめます。
『空洞のなかみ』のエッセイパートでも感じたのですが、松重さんの文章って軽妙であっさり、ちょっとシニカルなテイストなのに妙に余韻があるのが良い。台詞で全部語るのが芝居じゃないのと同じく、言葉で全部説明するのが文章じゃないということなのでしょう。ついクドクドと書いてしまいがちな私としてはこういう文章を読むと打ちのめされます。
掲載されている内容に関して言うと、個人的には「いぶりがっこ」のエピソードに強く共感しました。
帰りの空港で「いぶりがっこ」を買う。口に出して言いたい言葉の上位にランク付けされるこの漬物。ついポルトガル語でありがとう「オブリガード」と言いたくなる。チーズと混ぜてポテサラに入れると、あら不思議。洋食が秋田の煙に燻されて国籍不明の一品に様変わり。
いぶりがっこ系のおつまみってなんであんなにおいしいんだろう。単品で食べてもいいけどマスカルポーネやクリームポテトクリームチーズと合わせると絶品ですよね。同じくチーズと合わせてつまみにしがちなオリーブ、アンチョビ、酒盗などのしょっぱい系珍味とはまた違ったうまさがあります。
なお、このタイミングということで年明けに公開予定の『劇映画 孤独のグルメ』についても話題に上がっています。
驚いたのがいきなり「はじめに」で映画に登場するはずのお店に具体的に言及されていること。日本国内の店舗ですが、公開前のエピソードについて内容に触れないのが近年の『孤独のグルメ』のルールだと思っていたのでここで具体名に触れていることに衝撃を受けました。ちなみに私はその店については既に予習済みだったりするので、映画の公開後にレポートする予定。
挿絵は『空洞のなかみ』に続いてイラストレーターのあべみちこ氏が担当されています。その回のテーマ食材にちなんでいながらも、松重さんの文章とはあまり関係ない「あべみちこ氏のイラスト」として掲載されている微妙な距離感が逆にイイ。料理や食品のイラストを多く手がける方のイラストだけあって、松重さんの文章と一緒に摂取するとやたら腹が減ってきます。本書に掲載されている食べ物、全部食べたい。
ちなみに本著の内容(の全部ではありませんが多く)は松重さんご本人の YouTube チャンネルで「しゃべるノヲト。」として朗読、そしてその後エピソードにちなんだ食材をご本人が実食する動画として公開されています。これもまた見ていると腹が減る。
クロワッサンでの連載は継続中ということで、また数年後に単行本としてまとめたものが出るのでしょうか。今後も楽しみにしています。
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