西田 宗千佳 / ソニー復興の劇薬 SAP プロジェクトの苦闘
西田宗千佳氏の新著を電子版にて読了。一週間くらいかけるつもりで読み始めたら乗ってしまって、二時間ほどで一気に読み切ってしまいました。
「wena wrist」や「HUIS REMOTE CONTROLLER」といった新分野の商品やサービスを手がけるソニーの新規事業創出プログラム「SAP(Seed Acceleration Program)」の内側をまとめたルポルタージュです。タイトルにこそ刺激的な言葉が並んでいますが、実際の関係者への取材をもとに、西田氏自身が電機業界やハードウェア・スタートアップへの取材等を通じて得た知見を交えて、客観的にまとめた内容になっています。
「SAP」はソニー自身が大規模なリストラを敢行している段階で開始されたプログラムだけに社内外からの批判もあったようですし、「大企業がクラウドファンディングを利用するなんてただの宣伝行為だ」「SAP で生み出されている新規事業はいずれも小粒でお遊びの域を出ていない」といった言説も目にします。実際、同社の既存のエレクトロニクス事業は今後の成長が見込めるか高い利益が確保できる分野だけになってしまった印象で、IT/AV 機器の付加価値の多くをスマートフォンが吸収してしまった現在、「次のメシのタネ」を見つけるのに各社苦労しているのは事実。なので小粒でもいいから試行錯誤して、何が伸びてくるか見極めたい…というのも SAP の本音としてはあるのでしょう。
しかし、個人的には SAP の本質は次世代の事業を牽引できる人材の育成と、企業体質のゆるやかな変革にこそあると考えています。マーケティングや商品企画の仕事をしていると、「自分は新しい商品のアイデアを持っている。これは絶対売れる」と自称する人と出会うことが少なくないですが、そのほとんどが「単に自分が欲しい」の域を出ておらず、どんな人が買うのか、顧客層の規模はどれくらいあるのか、ちゃんと量産できるのか、販路や売場そしてユーザーサポートはどうするのか…ということに考えが至っていないものです。実際、世の中のハードウェアスタートアップの失敗は、大半がアイデアと原理設計・試作以降の部分に手が回っていないことが原因と言って良い。ものづくりというのは、本当はものを作ること自体よりも、それをちゃんと事業にできるだけの資金を調達して、必要な数を作って世に出すことのほうが大変なものです。
そういう意味で SAP は「ものをちゃんと作る」ための仕組みはソニーという大企業のプラットフォームを利用しながら(つまり、一般的なハードウェア・スタートアップでよくある失敗は避けられる可能性が高い)、小規模でもちゃんと事業を立ち上げて回せるだけの人材を発掘・育成するための仕組みと言って良いでしょう。人員や組織の役割を縦横に細分化した大企業では、現業は効率的に運営できても、こういう混沌とした時期に新しい事業を立ち上げる小規模なチームを組織することは難しい。一人あるいは少人数で全体を見通して事業を組み立てる経験を積むことで、たとえ今の新規事業は小粒でも、彼らが次、あるいはその次に立ち上げる事業は大きな花を咲かせるかもしれない。そういうことだと思います。ひとりの外野としては、そういうスタートアップ事業に大規模な R&D の成果を惜しみなく投入できる体制は羨ましすぎますが…。
でも、というのはあくまで SAP の目的と理念の話。現時点で世に出ているプロジェクトの中では、ちょっと面白いと思えても自分でベットしたくなるものはまだ出てきていないんですよね。
ただソニーの現業に関しても、金融とエンタメ以外はもうすっかりカメラとオーディオの会社になっちゃって、イノベーションよりは事業維持にベクトルが向いている印象。しかもどんどん高級路線に行っていて、俺の買うものがほとんどなくなってきたなあと感じてもいます。SAP から、「俺らをワクワクさせてくれるソニー」のタネがもう一度生まれてきてくれることを願ってやみません。
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