私の二十年来の友人であり、尊敬するマーケティング人の一人でもある山口義宏さんが新著を発売されたということで Kindle 版を自腹購入して読んでみました。
山口義宏 / マーケティング思考 業績を伸ばし続けるチームが本当にやっていること
山口さんとプライベートで会話していると、物事を抽象化・構造化して理解する能力にめちゃくちゃ長けた人であることを感じます。だからこそマーケティングコンサルタントとして様々な業界に経験・知識を適用できるんだろうし、自分も個々の経験を汎化して普遍的なスキルとして活用できる人になりたい、と思います。
本書はそんな山口さんの経験や知識を普遍化し、様々なマーケティングの現場や局面に適用できるノウハウ…というと小手先っぽいな、もっと根本的な基礎体力を向上させてくれるような一冊です。
「マーケティング」という言葉はビジネスのあらゆる場所で便利に使われている分、定義の解りにくい言葉でもあります。自分でも家族に仕事の内容を説明するときに一言で伝えられずもどかしい思いをすることがあります。
またビジネスパーソンごとに歩んできた畑が違えば全然違う理解をしていることだってある。私の経験でも「マーケティングをしろ」という業務指示をある人は「プロモーションを打て」という言葉で言っていたり(これは商社出身の人だった)、また別の人は「顧客調査をしろ」という意味で使っていたり(これは企画畑の人だった)、ということが実際にありました。それくらい、一つの商品に関わる業務でも入口と出口、人によって正反対の側面が主として見えていることが多いのが「マーケティング」です。
本書では基本的に「マーケティング」という業務・職務を分解し、手法やツールよりもマーケティング的な思考とそういう思考ができる人材の育成を推奨しています。確かに手法やツールは時代によって変わるけれど、市場や顧客への理解とそれに対してどうアプローチすべきか、という考え方は基本的に不変。いかに道具の使い方がうまくても戦略がなっていなければ勝てないのは道理なわけです。でも実際、新人から数年間営業で修行を積んだ後にマーケ部に配属されて、ろくにマーケについて学ばないままにいきなり OJT、という現場は私も幾度となく見てきました。見様見真似で 3C/4P/SWOT 分析しているけどなんか表面的に見える、みたいなことも少なくありません。大事なのは事業の置かれた状況を構造的に認識して、客観的な判断が下せること。そういう意味で「マーケティング思考」を身につけることが重要、という本書の主旨には同意しかありません。
また事業のフェーズによってもマーケティングが果たすべき役割は変わってきます。本書では事業フェーズを立ち上げ期/成長前期/成長後期/成熟・再生期の 4 つのフェーズに分類し、それぞれにおけるマーケティングの考え方や注意すべき点について整理されています。ただ具体的な事例が少なく、自分自身の例を思い返して「あのときはああすべきだったんだろうな」と腹に落ちるかは経験次第なところがあるのが少し残念。そういう意味では、本書はマーケティングの担当者レベルというよりは経営者やマネジメントレベルの方に適した内容だと思います。担当者レベルでも参考にできる/すべき点は多々あるけど、全くの新人よりは実務経験を 2~3 サイクル回した後のほうが理解が早いでしょう。
ちなみに私は電子版で購入したから重要な部分に遠慮なくマーカーを引きまくったのですが、その中でも特に心に留めておきたいと思ったフレーズをいくつか引用しておきます。
重要なのは、やらないことを決める、優先順位のつけ方です。この判断力をつけるには、幅広い領域に目を向けて包括的な知識を得ていく必要があります。
デジタル化でできることが増え、マーケティングにかかわる人数も増え、チームも大きくなったことで、分業が増え、顧客理解と顧客価値の存在が置き去りになりやすくなっています。
担当や専門領域以外の知識を、浅く広くでも良いので学び、協働できるチームが実際に結果を出せるチームです。「自分の領域しか知らず、学ばない人」だらけのチームでは、成果を出しにくい時代になっているのです。
顧客価値の整理で重要なのは、「趣味など自分なりにこだわって買った、関与度の高い消費経験の蓄積量」で、顧客が感じる価値を推察するために参照する自分の消費経験の引き出しの多さです。
特に最後のくだりは共感度が高い。モノやサービスを選ぶ・買うという行為はマーケティングのセンスを鍛える絶好の機会。私は自分が直接顧客になれない分野の仕事をするときにこの「引き出し」から自分の経験を取り出してくるような感覚で実際に仕事をしています。だから日々の散財のどれも無駄にはなっていない(←
私も二十代の頃に最初の転職をして以来、約十八年にわたってマーケティングや企画の仕事に携わってきました。それなりにベテランのつもりではいるけど、近いうちにキャリアの一つの節目に差し掛かる私にとってちょうど良い復習・総括になりました。
今後の仕事において、もし自分がやろうとしていることの妥当性を見失いそうになったら本書に戻ってこようと思います。それくらい、自分のマーケティング活動の軸足を常に置いておきたい一冊です。
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