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リスペクト @チネチッタ

しばらく満足に映画館に行けなかった反動のように緊急事態宣言明けから毎週映画を観に行っていますが、今回は上映開始されたばかりのこれを観てきました。

リスペクト

「ソウルの女王」ことアレサ・フランクリンの伝記映画です。『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットを受け二匹目のドジョウを狙って企画されたという話もありますが、ブラックミュージック畑の私としてはこっちの方が楽しみでした。
でも私はアレサ・フランクリンの曲は知っているけどその人となりは知らなかったので、そういう観点でも楽しみでした。

本作はアレサ・フランクリンの幼年期から 1972 年のアルバム “Amazing Grace” リリースまでの半生を描いた作品です。主役アレサ・フランクリンを『ドリームガールズ』のエフィ役で圧倒的な歌唱力を披露したジェニファー・ハドソンが演じます。もうこの配役の時点で音楽映画としては成功したも同然ではないでしょうか。

アレサは牧師の父とゴスペル歌手の母との間に生まれ、幼い頃から教会でゴスペルを歌ってきたことで若い時点で類稀なる歌唱力を誇ります。彼女の歌手デビューから不遇の時代を経て結婚、レコード会社を移籍した後のブレイク、離婚、アルコール中毒との戦い、そこから立ち直りゴスペル歌手として大成するまでが映画の主な内容です。
12 歳にして未婚の母となり、最終的に 4 人の子どもを設けるもののいずれも父親が違う…というだけで波乱の人生であることが分かります。さらには 1940 年代生まれというだけあって人種差別や女性差別の真っ只中にあり、彼女を悩ませたのがそれらの差別に加えて DV(家庭内暴力)とアルコール依存症。それらに関する表現はオブラートに包まれ、かつ基本的にアレサはその被害者という位置づけ。作中でアレサのネガティブな言動は彼女のトラウマが生み出した内なる「虫(Demon)」のせい、ということになっています。まあアメリカのショービジネスに社会的に正しくないことが共存してきたことは過去の他の音楽映画でも多数言及されてきたし、アレサのキャラ付けはあくまで映画化における方便で実際はいろいろあったんだろうなあ…と想像するところです。

そういうネガな部分に限らず本作では多くの部分の説明が省略され、文脈や背景を想像で補完する作りになっています。特にアレサの父の友人として登場するキング牧師に関する説明がほぼなく、後になって「あれってキング牧師だったのか!」ということに気づかされたのには驚きました。この映画を観る多くのアメリカ人にとっては当然の知識なのでしょうが…。伝記映画としてみると説明不足だったり曖昧な表現が多いですが、本作はあくまで音楽映画。変に社会問題について考えさせるくらいなら行間や余韻として残しておいて、あくまで音楽とジェニファー・ハドソンの歌を主役に立てる構成になっていて、その歌唱力にはただただ圧倒されるばかり。
劇中では彼女の多数のヒット曲が披露されますが、白眉はタイトルにもなっている “Respect” と “Think”、そしてクライマックスで歌われる “Amazing Grace”。中でも “Think” は『ブルース・ブラザース』にダイナーの女将役で出演したアレサ本人が歌っていた曲だけあって(個人的にはあの映画の中であそこが一番の名シーンだと思っている)聴けたときには嬉しかったですね。『ブルース・ブラザース』では夫に対して「家を出て行くのがどういうことか分かってんの?」と凄む歌だったのが、本作では夫に三行半を突きつける曲として使われているのが面白い。

また彼女の出自である教会やゴスペルと、差別や暴力の話が交互に出てくる構成になっているのも興味深かったところ。黒人霊歌と同じように、ゴスペルもまた黒人が虐げられてきた歴史の中で信仰とともに見出した救済だったのでしょう。アレサの父やアレサ自身が教会で信徒を鼓舞するように語り、謳う様子はまさに『ブルース・ブラザース』の JB 神父と一緒で、当時の黒人たちはああいった高揚感の中に神を見ていたに違いありません。ずっと抑圧されてきた人の魂の叫びだからこそ引き寄せられるものがあるのかもしれません。

ジェニファー・ハドソンの歌声に散々打ちのめされたところで、エンディングにアレサ・フランクリン本人が歌う映像を持って来る構成がまたズルイ。本人の歌はジェニファーとはまた違ったベクトルの強さがあります。二時間半の映画を観た最後に彼女の歌声を聴くと、まさに魂を掴まれるようなものを感じます。

長いけど音楽のシーンが多く、楽曲と歌唱の素晴らしさもあって長さを感じませんでした。音楽映画としては名作と呼べるのではないでしょうか。とりあえずサントラは買おうと思います。

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