発売日に電子版を買うだけ買って読めていなかったのですが、このたびようやく読了。
西田宗千佳 / メタバース×ビジネス革命 物質と時間から解放された世界での生存戦略
Facebook が社名を「Meta」に変更した頃から急激に注目度が高まっている「メタバース」。流れ的には 2016 年頃に HTC Vive・Oculus Rift・PlayStation VR が発売された時期に盛り上がった VR/AR ブームの延長線上にあります。しかし近年は IT 系のビジネスは何でもメタバースか AI に絡めておけば良い、という感じのバズワード化している印象があり、それが本当にメタバースに関連するものかを見分ける目が必要とされています。まあこのへんは昔から同じですね。ユビキタス、クラウド、ビッグデータ、IoT、DX…様々な概念が金儲けのためのバズワードとして消費され、単語が陳腐化した頃にようやく社会に定着するというサイクルを繰り返してきたのがこの業界。
私は 2016 年の VR/AR ブームの頃に業界の端っこで関わっていて、個人的にも傾倒していました。が、革新的なものを作ろうとするとハードウェアもソフトウェア/サービスもコンテンツも膨大な投資が必要とされ、それでもハードウェアはいきなりブレイクスルーが来るようなものじゃない…というのを目の当たりにして、当時いた会社の規模ではとても太刀打ちできなかった。その後転職に伴って業界からは離れてしまったし、以前よりは少し冷めた目で見ている部分はありますが、それでも技術的には興味を持ち続けていました。
本書はそんなメタバースについて様々な角度から取材を重ね、2022 年時点でのメタバース関連業界で何が起きているかを整理した書籍です。メタバースの技術的基盤となった(主に近年の)VR/AR の歴史、実ビジネス界で利用されているメタバースまたは VR/AR 技術の実例、ゲーム業界とメタバースの関わり、メタバースを支える各種プラットフォーム、メタバースに関わる企業それぞれの狙い、メタバースと関連が深いと言われる NFT の実態、メタバースの構成技術が抱える課題とジレンマ、映像だけではなく音声からアプローチする AR、メタバースでも今後重要な役割を果たすであろう AI の現状…など実に幅広い。メタバースを軸としながらも、現在の IT 業界を取り巻く技術やトレンドをまとめて把握するのにも役に立つと言えます。
ただし日進月歩で変化している世界だからこそ、ここに書かれている内容はあくまで現時点での事例をまとめたものに過ぎず、「これから何が来るか、起きるか」を予言するものではありません。メタバースに詳しくない人が網羅的に知識を得るには良いけど、ある程度前提知識がある人にとっては得るものが少ないと感じるかもしれません。読者がここから何を読み取って自らの明日のビジネスに活かせるかは自分次第。
個人的には、昔から VR チャットや MMORPG 内でのコミュニケーションを経験してきているので、いずれは SNS や blog、メール、メッセンジャーツールなどと並ぶコミュニケーションチャネルとしてメタバース「も」利用する未来は自然なことと思えます。しかし改めて現時点でのメタバースが実現できていることを客観視すると、そういう世界が本当の意味で普及するまでにはまだまだ十年単位での進歩が必要なのだろうなあ、と思うわけです。スマホなんて持たなくたって視界の片隅でいつでもネットと繋がっていて、自宅に帰ったらフルダイブ…みたいな世の中が自分の生きている間に到来するのかどうか。
今のメタバースは本当に好きな人、分かる人だけが使っている状態、つまりインターネットやスマートフォンが使い物になる前と同じような段階にあると思っています。本書は未来から振り返ったときに「2022 年はまだこんなことをやっていたんだな」というのを見直すのにもちょうど良い。乗り越えるべきハードルはまだ数多くありますが、一日も早くメタバースによって時間も場所も超越できる世界がやってくることを願っています。
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