周囲で観た人が口を揃えて「いい」と言っていたので私も観に行ってきました。
劇場公開からそろそろ一ヶ月が経とうとしている作品です。公開当初はなんかタイミングが合わず配信に来てからでいいか…と思っていたのですが、たまたま出かけた川崎で少し時間ができたので鑑賞。クチコミで評判が広まっているのか、一ヶ月経つにも関わらずシアターは八割方埋まっていました。
ちなみにこの映画、観るまで知らなかったのですが製作はアニプレックス(傘下のミリアゴンスタジオ)なんですね。実写もこういう形で手がけていたとは。
歌舞伎の世界を描いた小説の映画化です。
極道の世界に生まれた喜久雄(吉沢亮)は少年期に組同士の抗争の結果父親を目の前で喪い、縁あった歌舞伎俳優の花井半二郎(渡辺謙)に引き取られる。そこで歌舞伎の女形の才能を見出され、半二郎の息子である俊介(横浜流星)とともに女形として研鑽を積む。やがて開花した喜久雄の才覚は俊介を凌駕し、半二郎の代役として抜擢されるに至る。梨園で重視される「血筋」を持たない喜久雄のコンプレックスと努力、逆に血統を持ちながら才能では喜久雄に敵わない俊介の苦悩、その両者の絆と相克。そして彼らを取り巻く人々を含めた愛憎劇。芸の道で究極の境地に辿り着くために捨てなくてはならないものとは。そういったものがテーマでした。
歌舞伎役者としての成功も挫折も両方ありつつ、ドロドロと重い人間関係もストレートに描かれています。一方でスクリーン上に再現された歌舞伎の舞台描写は本当に素晴らしく、まるで本当に歌舞伎の舞台を見に来ているような臨場感がありました。これ、撮影にあたり吉沢亮・横浜流星の両名は相当の稽古を積んだんじゃないですかね。それくらい、見た目から細かな所作に至るまで本物の歌舞伎のような美しさがありました(まあ、私は歌舞伎なんて正月のテレビくらいでしか見たことがないのですが)。
主演の二人の演技は歌舞伎シーンに限らず素晴らしかったですね。対照的な境遇にありながら兄弟にも似た距離感の友情、同門の俳優仲間としての敬意、そしてお互いへの嫉妬、そういったものがない交ぜになった複雑な感情が見事に表現されていて痺れました。そして彼ら二人を支える女性たちの芝居も。二人の主役に比べると描写は断片的ながら「梨園に関わる女とはどういうものか」が克明に表されていたと思います。本作に関する Real Sound の記事の一つにこの部分に関する分析が書かれていて深く腹に落ちました。

昔から歌舞伎役者のスキャンダルって枚挙に暇がなくて、でもそれ自体が「芸の肥やし」として黙認されている部分さえあります。本作ではそういうものが肯定も否定もなく正面から描かれていることにも感銘を受けました。人並みの幸せを求めず、まるで悪魔と契約するように芸のために生きることで初めて到達できる境地。そういうものは実際にあると思うのです。私個人としてはまっぴらごめんですが。
上映時間は三時間に迫り、その中のは心が痛むシーンも一つや二つではありません。でも途中でダレることも観るのが辛くなることもなく、気がつけばこの長い人生の物語を見届けていた…そんな映画でした。紛れもない名作と言って良いと思います。拍手。
コメント
b’s mono-log 様
『残菊物語』(1939、溝口健二監督) のご感想も期待しております。