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あなたの牛を追いなさい

私にしては珍しいジャンルの本を読みました。

枡野俊明、松重豊 / あなたの牛を追いなさい

鶴見(神奈川)にある建功寺の住職であり庭園デザイナーでもある枡野俊明師と俳優の松重豊氏による共著。禅の教えで悟りに至る道を教える「十牛図」をもとに現代の生き方を説いた著書です。
書物というよりはお二人の対談の書き起こし形式になっているので、気負わずにサラサラと読むことができました。

私は信心も特になければ自己啓発的な書物とは距離を置いてきた人生でしたが、松重さんの小説+エッセイ『空洞のなかみ』がとても良かったので今回も読んでみました。ちなみに枡野俊明氏というのは渋谷にあるセルリアンタワーの日本庭園をデザインした方でもあるんですね。

禅寺って写真を撮りに行く場所としてはとても好きなんですが、禅そのものには私はあまり縁がありませんでした。むしろ近年では海外企業が製品に「Zen」にちなんだネーミングを採用することが多くて、すっかりファッション化してしまっているよなあ…と冷めた目で見ている部分さえありました。

その「十牛図」、私はそういうものがあること自体今回初めて知りました。
人がその一生において悟りの境地に至るまで(および至った後)の状態を、自分の牛を捜す旅に出た童子に見立てて「尋牛」「見跡」「見牛」「得牛」「牧牛」「騎牛帰家」「忘牛存人」「人牛倶忘」「返本還源」「入鄽垂手」の十の段階で表現し、理解の助けとするのが十牛図の目的だそうです。

私自身は特に悟りを開きたいとも思っていないのですが、人生の折り返し地点にきてなお悩みが絶えないというか…一般的には「不惑」と呼ばれる四十歳前後を過ぎてからのほうが悩むことが増えました。それまでは自分がやりたいこと最優先で生きてきたのが、家族や社会的責任が増える一方で人生の選択肢は歳を重ねるごとに限られていく。その狭間で苦しんでいるのが今の状態ではないかと思っています。そんな自分にとってのヒントが何か書いてあるのでは、というのはちょっと期待していました。

少し引用させていただくと、例えば以下のようなくだりはまさに自分の悩みの一つだったりします。

現代社会は複雑に物事がからみ合って、ひとつのものが出来上がっていますよね。(中略)今は大勢の方が集まって作らなければならない複雑なものが多いので、個人個人の仕事が評価されにくくなってしまっている。(中略)ですから自分自身の生き方ってこれでいいのか?という迷いが生まれやすくなってしまっている

これと同じような悩みを持っている方はとても多いのではないでしょうか。やりたいこと、作りたいものはあってもそれを実現するのは容易ではないし、かといって与えられた仕事をこなすだけではモチベーションは維持できない。そんな中で、自分のやっていることは本当に誰かに認められているのか?という不安は尽きないし、結果が収入として反映されるのも難しい世相だったりする。そういうのに悩むこと自体が煩悩なんだろうけど、現代社会を生きていくのは煩悩にまみれて煩悩といかに折り合いを付けていくか、ということだとも思っています。

人生は選択の連続です。ですけれどもその時に、どっちに行ったら得かというような損得勘定を抜きにして、自分にとって魅力的かどうかを物差しにするのが、結局はその人にとっての最善の道になると思います。

うーん↑これは…確かにそうだし、私はそういう選択をしてきたからこそ今までの人生は充実していたとも思うけど、だからこそ回り道も多かったような気もする。何より自分が今選んでいる道は半分は損得勘定の結果でもあります。だって家族を養わなくちゃならないんだから、しょうがないじゃないか。
でも 100% 損得だけで動いているわけじゃなくて、家族に対する最低限の責任は果たせる範囲内で「自分にとって魅力的かどうか」を選べているのであればまあ悪くはない…のかな?

個人的には、このくだり↓が最も響きました。

その悩んでいること自体が生きている証拠なんですよ。悩んでいない人間はいません。悩みがなくなったら涅槃(煩悩から解放された、悟りの境地のこと)です。

ああ…不惑を過ぎたから悩んじゃいけないわけじゃなくて、もう死ぬまで悩んでいたっていいのか。ある意味それこそが人生ということですね。
本書の内容に即して言うなら、一人の人間の中でもある分野では牛を見つけることができても、別の分野ではまだ牛を探している段階にすぎないかもしれない。でも、ある分野での牛を見つけたのであれば別の部分での牛の見つけ方にも気づけるかもしれないから、永遠に同じような悩みが続くわけではない、と。これにはちょっと救われたような気がしました。

本書の内容の全てを心で理解するには、もっと人生経験を積まなくてはならないように思います。しかし、現時点でもある程度は自分を肯定してもらえたように感じました。
もちろん禅の話だけでなく松重さんの俳優観だったり『孤独のグルメ』に関する話題も随所に出てくるので、松重さんのラジオを聞いているような感覚で読むことができました。

とりあえずどこか日本庭園を見に行って、心で何かを感じてこようかなあ。

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