『アコライト』のために Disney+ を一ヶ月限定で課金したので、契約が残っているうちに以前から気になっていた映画を鑑賞。
私の好きなジャンルであるレストランもの、かつ『クイーンズ・ギャンビット』のアニャ・テイラー・ジョイが主演ということで前々から観たいと思っていたのでした。ただ、レストランものといっても別にグルメドラマでもお仕事ドラマでも人情劇でもなく「スリラー」である点が私のよく観る種類の作品とは違う。でも映画館で一度予告編を目にしたときから気になっていました。
海上の孤島にあり、滅多に予約が取れないことで知られる超高級レストラン「ホーソン」。この映画はそこで起きた事件について描かれています。
グルメマニアのタイラーが恋人(?)のマーゴを連れてホーソンへと食事に訪れる。その日に予約していたのは他に、レストランを流行らすも潰すもその評価次第という有名料理評論家と雑誌編集者、落ち目の映画スターとその恋人、富豪の老夫婦、マフィアらしき三人組…といった面々。シェフがその技と工夫を凝らした料理の数々に客たちは最初は感激するが、フルコースは徐々に違和感のある内容になっていき…中盤からはホラー映画になっていくわけです。
日本人ならば多くが宮沢賢治のあの名作童話を連想するであろうお話ですが、本作はもっとエグいし黒幕が人間だから余計に怖い。
アニャ・テイラー・ジョイが演じるのがマーゴ。当初タイラーは本来の恋人とこの店に来る予定だったのが、直前になって別れてしまったことで急遽呼ばれたのがマーゴでした。つまり他の客とは違いマーゴは自ら望んでこの店に来たわけではないということ。超高級レストランに自分から来たがる客ではない、という点で彼女は視聴者の感情を代弁する立場として作中に存在します。一般人に近い感覚を持つマーゴが一人加わることで、この店の、客の、事件の異常さが際立って見える構造になっています。
このマーゴという人物、『クイーンズ・ギャンビット』のベスとは全然違うタイプだけどどこか陰がありつつも強い女性という部分で共通点があり、アニャの演技が光っています。
ホーソンの料理長スローヴィク(レイフ・ファインズ)。後で調べて初めて気づいたんですがハリー・ポッターシリーズでヴォルデモートを演じていた人だったとは!
初登場時から何か違和感がある人物として(映像や演出面で)表現されています。そしてその異常さがジワジワと開示されていく。彼がこの日に招待する客を「選んだ」真の目的とは。
映画は序盤は比較的淡々としたトーンで、グルメのあるあるを皮肉交じりに見せていくわけですが、途中から一気に陥っていくパニックとのコントラストがとても印象的でした。グロは控えめだけど凄惨なシーンや緊張感が続き、途中でいったん「これ最後まで観るの辛いかもな」と思っていったん停止したものの結局ラストが気になりすぎて最後まで観てしまいました。
料理がいずれも食べ物というよりは芸術作品のような繊細さで作られていて美しいのですが、一方で「それは本当にうまいのか?」と思わせるバランス感が絶妙。だからこそクライマックスでマーゴが「追加注文」する予定外の一品が純粋においしそうで、あのシーンを演出するために他の料理があったんだろうなあ…と思います。スローヴィクとマーゴはあの瞬間だけ純粋に料理人と客として通じ合うことができたんだろうなあ。
この作品はおそらく現代の食文化への皮肉、あるいは警鐘として作られた映画なのでしょう。「映え」だけのために爆盛りの料理を作って、撮って、ろくに食べもせずに廃棄することもそうだし、「情報やステータスを食べている」と言われることだって少なくないし、予約困難店を押さえることが目的化して「誰とどう食べるか」は二の次になっているケースも見かけます。私も一部そうやって食を消費している部分は否定しません(食べ残しだけは滅多にしないけど)。スローヴィクはシェフの仕事を通じて純粋な「おいしい」という客の反応が得られなくなったことがあの計画を企てた理由なのでしょう。そして最後の最後でその「おいしい」を得ることができたのは、彼にとって救いだったんだろうなあ。
観ながら飲んでいたコーラを中盤から飲む気がしなくなってしまうほど食欲の失せる映画でしたが、エンドロールの後は何故か「プリミティブなうまいもの(肉とか)を食べに行きたい」と思ってしまいました。週末は何かおいしいもの食べに行こう。
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