新刊が出るとだいたい読んでいる西田宗千佳氏の新著が発売されたので今回も読んでみました。
西田宗千佳 / デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか 「スマホネイティブ」以後のテック戦略 [Kindle]
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ってここ三年くらいの間で SI 関連の業界を中心にキーワード化していますが、個人的にはやや実態が掴めない印象がありました。2000 年代前半に SI の世界で働いていた身としては、「e-ビジネス」「クラウド」「DX」と十年単位くらいでキーワードと SI 業者が売りたい商材が移り変わってはいるけれど、その本質を理解して業務そのものを変革できている企業は成長/生存し、旧態依然としたプロセスのまま表面的にツールだけを導入した(あるいは導入さえしなかった)企業は二十年経っても変わらないか退場を強いられているという具合に両者の格差が広がっているだけだ…という認識でした。
しかし業務やデータ、決済などを電子化する e-ビジネス、システムのスケーラビリティやリスク分散と場所や端末を問わないアクセシビリティを目指したクラウドとは違い、DX は語感があまりにも漠然としすぎていてどのレベルのことを言っているのかイマイチよく解らない。押印ロボットのようなものがニュースになってしまう現状を鑑みるに、未だに業務を電子化できていない企業がようやく IT システムを導入するという次元の話まで含めて DX なんじゃないか?という疑問があり、一口に DX といってもそうとう濃淡がある話なんだろうな、と思っていました。
本書は Adobe、JAL、アスクル(ロハコ)、三井住友カードといった企業における事例をもとに DX とはどのようなもので、DX 導入によるビジネス変革を成功させるには何が必要かとまとめたものになっています。西田宗千佳氏といえばもっとコンシューマー寄りの製品やサービスを実現する技術やビジネスの最前線を追っている人というイメージが強かったので、こういうビジネスプロセス寄りの書籍をリリースするのはちょっと珍しいですが、DX という単語の一般への認知が広がりつつある今、専門家でなくても分かる解説書という位置づけならば確かに適任かもしれません。
紹介されている事例は業界も業態も多岐にわたりますが、共通しているのは「時代が変わって新規顧客獲得・売り切りではなく顧客との継続する関係の中からビジネスを生み出し続けるために、顧客の行動データをどう活用するか」という話。カスタマーリレーションシップマネジメント(CRM)という考え方自体はもう二十年も前からある概念ですが、少し前までは「いかに顧客タッチポイントを増やすか」「どうやってリコメンドから購入へのコンバージョンを高めるか」「どうクレームをコントロールするか」という点だけに注目されていたかと思います。本書で書かれている顧客の行動ログも、従来の考え方のまま使っていたら「なんか企業からの DM が増えた」「どの Web サイトに行ってもやたらターゲティング広告が追尾してくる」というように却って見込み/既存顧客の離脱を招くリスクの方が高いでしょう。が、本書で成功事例とされている企業ではつかず離れず、顧客にとって心地よいと思える距離感を保つカスタマーリレーションシップが意識されているように感じました。新しいツールをどう使うかよりも、そういうツールが当たり前になった世の中で自社の CRM 戦略をどう考えるか…という部分こそが DX の本質の一つではないでしょうか。
個人的に興味を持ったのは Adobe の話。私が以前所属していた会社でも利用していたマルケトが一年ほど前に Adobe に買収され、「マーケティングオートメーションの会社がなぜ Adobe に?」と当時は驚いたものでした。が、Adobe 自身が Creative Suite(パッケージ版アプリ)から Creative Cloud(クラウド型サービス)へとビジネスモデルの大転換をした途上で得たノウハウを外販していたとは知らなかった。マルケトの買収はそのノウハウをマーケティングオートメーションパッケージとして外販強化していくために必要なプラットフォームだったのですね。
本書に掲載されている事例の中で象徴的なのはやはりその Adobe であると言えます。他社の事例が「自社のビジネスのために顧客リレーションシップをどう変えるか、そのために DX をどう活用したか」であったのに対して、Adobe は「時代の変化に合わせて自社のビジネスモデル自体を根本的に変えなくてはならない」という大命題が DX の自社開発に繋がっていったという話。従来のビジネスモデルのままでも IT/映像業界では強大な影響力を持つ企業という立ち位置は当面変わらなかったはずが、他社に先んじて自ら変革しようという発想と行動そのものが「デジタルトランスフォーメーション」の本質ではないでしょうか。単なるツールの導入ではなく、新しい時代に適応するために自社の姿をどう変えるか。ダーウィンの進化論にも通ずる話ですが、ツールの導入は文字通りそのための手段に過ぎません。果たして今 DX を売ろうとしている SIer、導入しようとしているユーザー企業の中で、いったい何社がそこまでの覚悟をもって考えているか。
まあ私はもう SI の世界を離れて久しいただの企画屋/マーケターなわけですが、それでも商売が「一度売って終わり」ではなくなった世の中でビジネスのあり方をどうすべきか…というのをここ数年考えてきた中では、いいヒントをもらえたような気がします。自分の仕事に置き換えて、ちょっと考えてみようと思います。
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