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F1 Tokyo Festival レジェンド車両展示 @六本木ヒルズ

F1 Tokyo Festival

日本グランプリのプロモーションの一環として六本木ヒルズで昨日まで開催されていた「F1 Tokyo Festival」を見に行ってきました。
とはいえステージイベントには参加できなかったので、ヒルズ内に展示されている F1 のレジェンド車両の展示を見てきた程度ですが、いつものホンダ関連のイベントでは見ることのできないマシンが多数展示されていて見応えがありました。

※写真は全て ZV-1 にて撮影。

F1 Tokyo Festival

まずはマクラーレン・ホンダ MP4/7A。第二期ホンダ F1 最終年のマシンですね。同年のモナコ GP でのアイルトン・セナとナイジェル・マンセルのデッドヒートは今や伝説と言って良い。
前年型の MP4/6 から全面刷新し、セミオートマチックトランスミッションやフライ・バイ・ワイヤを搭載したハイテクマシンでした。シャシー名の末尾が「A」となっているのはアクティブサスペンション搭載の B スペック投入を前提としていたからですが、アクティブサスは完成せず MP4/7B は結局日の目を見ることはありませんでした。結局この年はウィリアムズ FW14B に席巻を許したシーズンでした。

F1 Tokyo Festival

マクラーレン・ホンダの歴代車両ではチャンピオンを獲得した MP4/4(1988)~MP4/6(1991)までのマシンはイベント等で見かける機会も多いのですが、チャンピオンになれなかったこの MP4/7A についてはお披露目されることは多くありません。私がこういう形で展示車両を見るのは多分初めてのはず。

でもこのクルマ、私は 32 年前に鈴鹿で実車を見たことがあります。初めて現地観戦した 1992 年、眼前のスプーンカーブを駆け抜けていく赤白のマシンには興奮したなあ。ただ、セナは決勝の 3 周目にエンジントラブルでリタイヤしてしまったので私がセナの MP4/7A を見たのはフォーメーションラップも含め 3 回だけ。2 位表彰台を獲得したベルガーのクルマは全周見ることができましたが、憧れのセナが序盤で消えてしまったことは本当に残念でした。(そのぶんベルガー、鈴木亜久里、片山右京をめっちゃ応援した)

F1 Tokyo Festival

この赤白のマシンは何年経ってもカッコイイ。近年のモデルカーだとタバコ広告規制でロゴが消されたりマクラーレンロゴに置き換えられたりしていますが、やっぱりこの Marlboro のロゴがあってナンボですよね。

ちなみにホンダエンジンを搭載した F1 マシンにカーナンバー 1 がつくのは、この 1992 年を最後にフェルスタッペンが 1 番をつけた 2022 年まで 30 年の刻を待つことになります。

F1 Tokyo Festival

順不同に紹介していきます。こちらは 2005 年のフェラーリ F2005。
2000~2004 年を 5 連覇したフェラーリとミハエル・シューマッハーでしたが、2005 年はタイや戦争の激化やルノーの台頭により勢力図が激変。フェラーリは開幕 2 戦を前年の改修型である F2004M で戦うも戦闘力不足でこの F2005 を 3 戦目から前倒し投入、それでも 2005 年に挙げられた勝利はたったの 1(それも二種ラン勢がタイヤの信頼性を理由にレースをボイコットしたインディアナポリスのみ)という惨憺たるシーズンでした。
私もこの年は鈴鹿で現地観戦しましたが、130R でライコネンやアロンソに相次いでオーバーテイクされていくシューマッハーには一つの時代の終わりを感じたものです。

F1 Tokyo Festival

この時代の F1 マシンは車両中央部の空力開発が盛んで、サイドポッド周辺に様々なウイング/フィン/チムニーが乱立したり、バージボード周辺にも渦流制御用のギザギザが設けられたり、見た目は美しくなかったけど各チームの創意工夫が見られるのは面白かったですね。

F1 Tokyo Festival

出た!こちらは 1985 年のロータス 97T。私はリアルタイムでは知らないのですが、アイルトン・セナの F1 二年目のマシンです。初優勝を飾ったのもこのクルマですね。
サイドポッドやノーズに光る「OLYMPUS CAMERAS」のロゴ、今の旧オリンパスのカメラ事業を思うと複雑な気持ちです。

F1 Tokyo Festival

黒字にゴールドで John Player Special(タバコ)のロゴ、今見てもカッコイイ。この時代は子どもながら F1 のスポンサーロゴでタバコのブランドを認知していました。
この JPS ロータスのリバリーは伝説になっていて、その後も 2011~2015 年のロータス(現アルピーヌ)や 2019 年のハースがこの JPS カラーをオマージュしたリバリーを纏っていましたが、やっぱりオリジナルには敵いません。

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この見慣れないマシンは…1977 年の日本グランプリにスポット参戦したコジマエンジニアリングの KE009。さすがに実物を見るのは初めてです。
スポンサーロゴのない真っ白なマシン、ウイングには塗装すらされていないというまるで試作品のような見た目のクルマですが、1977 年のレースではスポンサーロゴを掲げていました。それがその後のレストア作業を経てロゴが外され、ウイング類の仕様も変更された模様。

F1 Tokyo Festival

リヤウイングにはサインが。おそらくコジマエンジニアリング関係者によるもので、左から二番目が長谷見昌弘、三番目が星野一義だと思われますが、両端が分かりません。
カーボンが標準になっているフロントやリヤのウイングがアルミ製なあたりに時代を感じます。

F1 Tokyo Festival

この時代のレーシングカーの何が良いかって、この剥き出しのメカですよ。サスペンションにダンパー、エンジンが丸見え。これだけでご飯三杯いけます。
最新テクノロジーを極めた現代 F1 もいいけど、こういうクラシックなレースカーの機能美にも痺れます。

F1 Tokyo Festival

続いて 2014 年のフェラーリ F14T。
チリトリのような幅広フロントウイングに段差ノーズ、リヤウイングは背高幅狭でベンチみたいで、正直美しくない…。2009~2016 年レギュレーション下の F1 マシンには美しさを感じないのですが、その中でも 2014 年は特にひどいシーズンでした。この F14T は天狗の鼻のような突起が出ていない分まだ多少マシだった記憶。

F1 Tokyo Festival

2014 年はエンジンからパワーユニットへの転換期でメルセデスが他を圧倒し、19 戦 16 勝。残りの 3 レースはレッドブルが獲り、この都市のフェラーリはアロンソ+ライコネンというドリームチーム状態だったにも関わらず未勝利に終わります。ドライバーの力だけではどうにもならなかったシーズンでした。結局この年を最後にアロンソはマクラーレンへと移り、フェラーリは代わりにレッドブルからヴェッテルを招聘することになります。

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これまた懐かしい!1988 年のウィリアムズ FW12 です。前年までタッグを組んでいたホンダ製ターボエンジンを失い、翌年からルノーエンジンを獲得する谷間の 1988 年は非力なジャッドエンジンを搭載して未勝利のシーズンでした。
あれ?なんかここの展示車両、各チームの不遇期のクルマばっかり並んでないか?(笑

F1 Tokyo Festival

この時代のウィリアムズのカラーリング好きだったなあ。もちろんこの後に続く Rothmans カラーも大好きですが。
リヤウイングやサイドポンツーンに入った Canon のロゴがよく目立っていました。これがあったから私は後にデジタル一眼レフを買うときにキヤノンを選んだ、と言っても過言ではありません。それくらい当時の F1 のスポンサーロゴの印象は強かった。

F1 Tokyo Festival

ナイジェル・マンセルのトレードマークであるレッドファイブ。マンセルはこの年を最後にいったんウィリアムズを離れフェラーリに移籍しますが、1991 年にチームに復帰し翌 1992 年に FW14B・ルノーと共に念願の初戴冠を果たすわけです。

F1 Tokyo Festival

ヒルズ内の別会場でもいくつかの F1 マシンが展示されていました。が、チケット制のイベント会場内での展示だったためチケットを持っていなかった私は見れず。ホンダのショールームで見たことがあるレッドブルのモックアップVCARB01 のショーカーホンダ RA271 はいいとして、ベネトン B189 やフェラーリ F2000 は間近で見たかったなあ…。でもあのド派手なベネトンをちらっとでも見られて良かったです・

明日からいよいよ初の春開催となる F1 日本グランプリが開幕します。私は今回はもろもろ都合がつかず現地観戦は叶いませんでしたが、東京から角田裕毅選手の快走を願っています!

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